大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和26年(ネ)255号 判決 1960年10月24日

控訴人 桝富実

被控訴人 井村為三郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金三〇万円と内金一〇万円に対する昭和二一年一〇月二二日より、内金二〇万円に対する同年一二月一五日より、各支払済に至るまで年六分の割合による金員とを支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を控訴人の負担としその余は被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において担保として金四万円又はこれに相当する有価証券を供託するときは、控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二一八二、五〇〇円及内金一〇万円につき昭和二一年一〇月二二日以降、内金二〇万円につき同年一二月一五日以降、内金一八八二、五〇〇円につき昭和二二年一二月一〇日以降、各完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並に法律上の陳述は、当審で新たに、控訴代理人において、仮に、被控訴人の債務不履行を理由として控訴人のなした請負契約の解除が効力なく、したがつて右解除に基く原状回復義務の履行の請求(既払の三〇万円の返還とその利息の請求)が理由がなく、右請負契約は事情変更を理由として被控訴人のなした解除権の行使により解除されたものであるとせば、控訴人は予備的に、被控訴人のなした右解除に基く原状回復として右三〇万円とその利息の支払を求めると述べ、被控訴代理人において、控訴人の請求原因事実のうち被控訴人が船舶の製造・修繕等を営業とする商人であるとの点は認める、と述べた外は、原判決摘示の事実と同一であるから、これを引用する。(但し、控訴人は当審で従前請求の損害賠償額のうち、金二〇五、三三一円六七銭=乗組員雇入のため支出した契約金、諸雑費=は請求しないと述べ、右金額だけ請求を減縮した。)

証拠として、控訴代理人は甲第一、第二号証を提出し、原審証人谷本要次郎、若木正一、原審並当審証人保田保男(但し、原審では第一、二回共)の各証言及び原審における控訴人本人訊問の結果を援用し、被控訴代理人は原審証人大徳金次、神原英雄、伊丹孝夫、原審並当審証人佐藤義明の各証言、原審における検証並に鑑定人当麻武雄の鑑定の結果、及び原審における被控訴人本人訊問の結果を援用し、甲第二号証の成立を認め、甲第一号証は不知と述べた。

理由

被控訴人は船舶の製造・修繕を業とする商人であるところ、昭和二一年一〇月二一日控訴人から、鰹鮪遠洋漁船九五屯一隻(但し、船長二四米八〇、幅五米五〇、深さ二米七五、で二百馬力のもの。なお附属品金具一式附で桶栓金具のみを除く。)を、材料は被控訴人負担、完成時期は昭和二二年二月末日、請負代金は金六一七、五〇〇円とし契約と同時に金一〇万円を払い残額は船体の出来高に応じ協議のうえ支払をなす、との約でその建造を請負い、控訴人は右約旨に従い契約成立と同時に金一〇万円、その後同年一二月一四日金二〇万円を夫々請負代金の内払として被控訴人に支払つたことは当事者間に争いのないところである。

ところで控訴人は、右完成時期までに被控訴人がこれを完成せず且完成の意思もないから右請負契約は結局被控訴人の責に帰すべき事由により履行不能となつたので、本訴で契約を解除すると主張し、被控訴人は、完成時期に完成できなかつたのは被控訴人の責に帰すべからざる事由(不可抗力)によるものであるのみならず、却つて被控訴人から事情変更を理由に契約を解除したと主張するので、以下検討する。

原審証人谷本要次郎の証言により成立の真正を認めうる甲第一号証及び同証言、原審証人大徳金次、神原英雄、伊丹孝夫、原審並当審証人佐藤義明の各証言、原審における検証の結果並に原審における被控訴人本人訊問の結果を綜合すれば、被控訴人は、本件請負契約の当時従前から廉価に仕入れていた多量の資材を保有していた関係上当時の船価に比し約一〇万円程低廉な六一七、五〇〇円をもつてこれを請負つたものであるが、その後間もない同年一一月一日から工事に着手し龍骨の据付、肋骨の組立を終りその取付にかかつたところ同年一二月二一日いわゆる南海地震が突発し、ために被控訴人の造船工場は右地震並にこれに伴う津波の被害を蒙り右肋骨を始め手持資材の大部分を流失し、工場は機械の土台であるコンクリートに亀裂を生じ且機械類も浸水し、このため工場の運転が不能となり本件工事の進行も停止の止むなきに至つたこと、右地震当時本件工事の進捗状態は総工事の約四分の一、工事費用は約二〇万円前後が投ぜられていたこと、その後漸く翌昭和二二年二月一日工場は復旧再開の運びとなつたが震災直後における労賃、資材代は約三割方急騰し、更に騰貴の勢にあり(同年一〇月控訴人が同型の船舶を他に註文したときは既に代金は二八五万円に上昇している。)、ために手持資材を流失した被控訴人としては当初の契約条件のままで本件工事を完成することは到底できない状況にあつたので、当時控訴人以外の註文主から請負つていた同種の造船工事が前記震災により各註文主から約三割方請負代金の値上げを認められていたのに慣い、被控訴人は同年二月四日頃から数回直接電話で或は訴外保田保男等を通じ控訴人に対し請負代金の三割方増額と完成時期の延期方を申入れたが代金増額については控訴人の承諾を得られなかつたので止むなく被控訴人は同年二月二〇日工事の進行を中止し且その旨控訴人に通告して契約解除の意思表示をしたこと、如上の事実を認めることができる。原審並当審証人保田保男の証言及び原審における控訴人本人訊問の結果中、右認定に反する部分はたやすく措信しがたく他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、右認定事実によれば、本件請負契約当時の事情は、その履行期前、南海地震並にこれに伴う津波という何人も予期できない天災によつて急変したのであり、右のような事情の急変即ち右天災による工場の損傷、建造途中の本件船舶の肋骨並に手持資材の流失、労賃及び材料費の急騰等を考えるとそのような事情の下で、なお被控訴人に当初の契約条件の履行を強いることは被控訴人に甚だ酷で信義則に反するものといわなければならない。したがつてこのような場合被控訴人は契約条件の改定即ち履行期の延長、請負代金の増額等を妥当な限度で控訴人に申入れをなし、若し控訴人において右申入を拒否した場合は、以後被控訴人がその履行を拒否しても被控訴人に債務不履行の責を負わすことはできないものと解すべきである。なぜならば、被控訴人の不履行は結局天災に基因し、したがつてその責に帰すべからざる事由に基くものと解すべきであるからである。そして一方右のような事情の下では控訴人が契約条件の妥当な改定に応じない限り被控訴人は事情変更を理由として契約の解除をもなしうるものと解すべきである。しかるところ、前認定事実によれば被控訴人のなした請負代金の三割方増額の申入れは妥当な限度内の増額であると認めるのが相当であるところ、控訴人はこれに応じなかつたのであるから、被控訴人がなした本件工事の中止によつて同人に債務不履行の責を負わすことはできないし、一方被控訴人のなした契約解除は有効であるといわなければならない。

してみると、被控訴人の債務不履行を理由とする控訴人の損害賠償請求は爾余の判断をなすまでもなく失当であつて棄却をまぬかれないし、また控訴人が本訴でなした契約解除もその前提を欠き無効であるから、控訴人の原状回復請求(既払代金三〇万円とその利息の請求)も右解除を理由としては許されない。しかるところ、控訴人は予備的に、被控訴人のなした事情変更を理由とする契約解除に基く原状回復義務の履行として既払代金三〇万円とその利息を請求すると主張するのでこの点につき検討するに、本件請負契約に基き控訴人が契約成立の日である昭和二一年一〇月二一日金一〇万円、その後同年一二月一四日金二〇万円を夫々請負代金の内払として被控訴人に支払つたことは争いなく且その後昭和二二年二月二〇日事情変更を理由として被控訴人から有効に契約解除がなされたことは前説示のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し右既払代金に交付の時から商法所定の年六分(被控訴人が商人であることは既に見てきたとおりであるから本件請負代金債務は商行為により生じた債務であり、したがつて原状回復債務もまた商行為により生じたものといわねばならないから。)の利息を附加して支払を請求しうる原状回復債権を有する筋合である。(民法第五四五条第一、二項。なお、被控訴人が右既払代金を工事費としてすでに建造中の本件船舶に投入し、これが当事者双方の責に帰すべからざる前叙天災によつて流失したものとしても、これによつて右の原状回復債権が左右されるいわれはない。)なお、被控訴人は右既払代金三〇万円はすでに工事費として本件工事に投入し契約解除の結果右金員費消は全く徒労に帰し同額の損害を蒙つたが、右は控訴人が被控訴人のなした代金増額の申入に応じなかつたことに基因するから、結局被控訴人は控訴人に対し右義務不履行(増額申入に応じないこと)に基く損害賠償として金三〇万円の支払を求めうる、よつて右損害賠償債権を以て控訴人の原状回復債権と相殺する旨主張するが、前認定のような事情変更があつたとしても控訴人としては代金増額の申入に応じなければならない義務はないのであつて、たゞ申入を拒否されれば被控訴人において事情変更を理由に契約を解除しうるに至るにすぎないものと解するのが相当であるから、被控訴人が主張の如く債務不履行に基く損害賠償債権を取得すべきいわれはない。したがつて被控訴人の相殺の主張は採用の限りでない。

されば、既払代金合計三〇万円及び内金一〇万円に対する交付の翌日たる昭和二一年一〇月二二日以降、内金二〇万円に対する交付の翌日たる同年一二月一五日以降、各支払済に至るまで年六分の割合による利息の支払を求める控訴人の原状回復請求は理由があるから、これを認容すべきである。

以上のとおりであるから、控訴人の損害賠償請求及び原状回復請求の双方共排斥した原判決は結局失当であつて控訴は一部理由があるから、原判決は主文掲記のように変更すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸友二郎 安芸修 荻田健治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例